2024年5月23日木曜日

ハセガワ 重巡洋艦 青葉 製作

「ワレアオバ、ワレアオバ」 ハセガワの重巡洋艦青葉です。





青葉は古鷹型に続いて建造された重巡洋艦です。ソロモンの狼と呼ばれた青葉は第6戦隊の僚艦、加古、古鷹、衣笠が相次いで沈んでいく中、何度も損傷を受けながら終戦時も呉で大破擱座状態でしたが終戦を迎えられた歴戦の艦です。

「この世界の片隅に」で主人公のすずさんの幼馴染が乗艦していた艦で、知名度も上がったようです。




船体が前から後ろへ緩やかな傾斜を帯び、2本の煙突と主砲を3基備えた優美な艦姿です。

ハセガワの青葉のキットはウォーターラインシリーズの重巡洋艦のリニューアルの中でも最後の方でしたので、その分、組み立てやすく精密なキットとなっております。発売当初は購買意欲をそそらないビミョーな箱絵でしたが、その後新しい絵に改正されています。

加古、古鷹、衣笠が開戦時~戦没時の昭和17年の姿でキット化されていますが、青葉は戦争後半の対空兵装が増強された姿でキット化されています。




青葉型のC型砲塔も側面にモールドが入っております。
船外電路はモールドされていないのでプラ棒で再現しております。
大戦後半は舷窓も閉鎖されていたので打ち抜きポンチ1ミリ径でプラ板を打ち抜いて貼り付けています。

前マストも1本マストから電探装備のため3脚マストに変更され電探室も作られています。
キットではなぜかトップヤードが無い仕様になっています。プラ棒で作っています。







阿賀野型軽巡のように航空作業甲板の4隅に3連装機銃が増設されています。
12センチ単装高角砲とむき出しの魚雷次発装填装置が素敵です。

魚雷運搬用のスキッドビームの上にはそれぞれ25㎜連装機銃座が設けられています。


艦尾にも増設機銃座が設けられています。



妙高型や高雄型に比べて小ぶりで地味ですが、精悍でかっこいいです。
特に艦首から見ると、後方へ少しずつ傾斜して下がっている船体はなかなか迫力があります。



小型で艦の構造もシンプルで製作も作りやすい良いキットです(^_-)-☆


25㎜単装機銃が10基程増備されていたようですが、設置場所が不明でしたので前甲板4基、中央1基、後甲板4基としてみました。もっと増設されていたかもしれませんが、連装機銃の数も多いのでこのぐらいの増設だったのではとも思います。





青葉は古鷹、加古、衣笠と第6戦隊を編成し、グアム攻略作戦、第二次ウエーク攻略作戦、珊瑚海海戦などに参加しました。

米軍がガダルカナルに奇襲上陸をかけて来た17年8月、青葉らは三川軍一中将の指揮のもと、米豪艦隊を強襲し重巡4隻撃沈、重巡1隻駆逐艦2隻撃破等の大戦果を挙げますが翌日の空襲を恐れ輸送船団は見逃してしまいます。帰路の途中、加古が米潜の雷撃により撃沈されてしまい完勝とはなりませんでした。

残った第6戦隊はその後もガダルカナルへ増援輸送を行うための輸送作戦の支援に出撃します。この時サボ島沖で発見した艦を味方の輸送隊と思い込み、「ワレアオバ」と信号を送ってしまいます。この時の相手が米軍の巡洋艦部隊で青葉は米艦の攻撃により艦橋や3番砲塔などに命中弾を受け、一瞬にして戦闘力を損失し、戦場を離脱します。奇襲を受けた味方は不利な体勢ながらも反撃し駆逐艦1隻を撃沈したものの古鷹と吹雪が撃沈されてしまいます。

大損害を受けた青葉はトラックで応急修理後、内地で修理を受けます。その間に起こった第三次ソロモン海戦で衣笠も航空攻撃により撃沈され、第6戦隊は青葉のみとなり解隊となってしまいました。

修理の終わった青葉は再びソロモン、ニューギニアの戦線に戻ります。しかし、18年4月、空襲を受けまたもや大破してしまいます。決死の応急処置によりなんとか内地へ生還することができました。この時の損傷で機関も損傷を受けて、修理後でも28ノットしか出なくなってしまいます。
速力が出なくなってしまったので、第一線の艦隊任務には就けなくなり、東南アジア方面の第一南遣艦隊第16戦隊に配属されシンガポールを中心に輸送任務に就きました。その間にインド洋での通商破壊作戦にも参加しています。

6月には米軍のビアク侵攻を迎撃する渾作戦の主隊として参加、その最中マリアナ方面への大規模な侵攻を受け渾作戦は中止となります。
米軍のレイテ侵攻の際には当初、第16戦隊の鬼怒と浦波とともに、第一遊撃部隊に所属していましたが、出撃直前に輸送任務を与えられ、オルモックへの第一次輸送作戦に参加します。しかしルソン島西方で米潜の雷撃を受け三度目の大破、鬼怒の曳航によりマニラ港へ逃れました。応急修理後、5ノットしか速力を出せませんでしたが、同じような状態の重巡熊野らとマニラを脱出、内地に向かいますが、またもや米潜の襲撃を受けます。青葉は奇跡的に回避できましたが、熊野は魚雷を受け航行不能、サンタクルーズ港で応急修理中に米機動部隊艦載機の攻撃を受け撃沈されてしまい、両艦の明暗を分けました。

辛くも内地にたどり着いた青葉ですが、当時の日本にはここまで損傷を受けた重巡を修理することはできませんでした。青葉は予備艦となり呉で防空砲台となります。昭和20年7月に度重なる空襲を受け、多数の爆弾が命中し艦尾も切断され、ついに歴戦の重巡青葉も大破着底し、終戦を迎え戦後解体されました。


捷一号作戦での第16戦隊。旗艦の青葉と軽巡洋艦鬼怒、駆逐艦浦波の3隻で編成されていました。