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2025年5月21日水曜日

サイパン戦車戦 昭和19年10月 四式中戦車咆哮ス

 ようやく日本軍戦車のジオラマが完成しました。

初めて作る戦車ジオラマで、試行錯誤しながら何とか完成です。


「サイパン戦車戦 昭和19年10月」

昭和19年10月15日夕刻、早朝より上陸を開始した米軍の橋頭保へ向け歩兵部隊と共にヒナシスの丘陵地よりオレアイへ、逆落としに突撃を敢行する戦車部隊、といったテーマで製作しています。

サイパン戦で10月?と思われるでしょうが、史実のサイパン戦は6月15日に米軍の上陸が始まっていますが、米軍も当初は1944年10月にマリアナ諸島の攻略を計画していました。しかし、ギルバート、クエゼリン、エニウェトクの攻防戦、トラック島への航空攻撃、その後のマリアナ、パラオへの航空攻撃などで日本軍の抵抗が予想以上に弱く、作戦計画は6月に前倒しになりました。

日本側も米軍のサイパンへの侵攻は10月と予想し防備が遅れていました。守備隊主力の第43師団が到着したのが米軍上陸直前の5月20日でした。住民の歓呼の声の中市街地を行進していた師団が、そこから僅か1ヶ月半で玉砕の運命をたどっています。

今回のテーマは、「もしサイパンの防備が強固に準備され、米軍上陸部隊撃滅へと突撃する戦車部隊と歩兵部隊」です。

今回の主役は4式中戦車です。

史実の4式中戦車は終戦まで試作車両2両の完成にとどまった戦車です。

陸軍の戦車開発生産は航空機や船舶の生産が優先され、常に後回しになっていました。

もし、「昭和19年中に4式中戦車や3式中戦車が完成していたら・・」の設定で製作しています。


昭和19年の夏より量産の開始された4式中戦車、その試作車両2両が決戦の地サイパンへ送られましたという設定で。

4式中戦車と共に海軍陸戦隊も軍刀や銃剣を振りかざして突撃中です。



はじめは4式中戦車を1両配置するつもりでしたが、ジオラマベースを広く作ってしまったので何だか間延びした感じでしたので・・



もう一両戦車は配置してみました。3式中戦車を置きたかったのですが、再販前で売っていなかったので完成手前の1式中戦車を仕上げて置いています。


史実では1式中戦車も内地以外配属されず戦闘を経験すること無く終戦を迎えています。

実際のサイパン戦では戦車第9連隊は97式中戦車改と97式中戦車と95式軽戦車で戦っています。正確な射撃をM4シャーマンに撃ち込んでも弾きかえされたようです。


99式軽機関銃を射撃中。こんなところで伏せていたら戦車に轢かれてしまいそうです(;^_^A



道路を戦車と歩兵が密集してしまっていて艦砲をくらったら壊滅してしまいそうなレイアウトになってしまっていますが、次回作は配置をもっと工夫してみます。


今回のジオラマベースは戦車は固定しておりません。

戦車は自由に配置を変えられます。


史実のサイパン戦のように97式中戦車チハと95式軽戦車ハ号を置いてみました。


タミヤの恐竜セットのトリケラトプスを置いてみたりも。恐竜さんも援軍に参加してくれます。


四式中戦車咆哮ス サイパン戦車戦




在留邦人も疎開し全島を要塞化したサイパンに昭和19年10月12日、800隻もの大艦隊で米軍侵攻部隊が来寇、3日間で9000トンの砲爆撃を加え15日早朝より米海兵隊第二師団と第四師団が上陸を開始する。

強固なべトンで防御された水際陣地では艦砲射撃の損害も少なく、隠蔽られた砲兵陣地と併せて上陸用舟艇やLVT多数を撃破し死傷3000を超える大損害を与え、米軍は戦車揚陸艇を接岸させるなど強引に橋頭堡を確保するも海岸線300mから前進ができなかった。

15日夕刻、米艦載機が活動を終えるころ、陣地転換した15㎝榴弾砲装備の野戦重砲第9連隊第2大隊や独立山砲兵第3連隊、臼砲第14大隊、野砲兵第10連隊第三大隊、噴進砲第2大隊などの砲兵隊が米軍橋頭堡を攻撃し大打撃を与えます。

米軍上陸部隊が大混乱に陥ったところを、戦車第9連隊は歩兵136連隊ととも4式中戦車を先頭に突撃を敢行、長砲身の75㎜砲でM4シャーマンやアムタンクを多数撃破し、米軍陣地を蹂躙するも、次第に沖合からの艦砲射撃が激しくなり、転進に移ります。

以降は複数の予備陣地を機動しながら連合艦隊来援まで持久戦を戦う事になりました・・・



※史実では五島連隊長が16日早朝に戦車隊単独での攻撃を提案しましたが、歩兵との共同攻撃を指示されたものの歩兵部隊の集結が遅れ17日の夜中にずれ込んでしまいます。

この遅れは致命的で米軍は多量のバズーカ砲をはじめ物資を揚陸し日本軍の夜襲に万全の態勢で待ち構えていました。戦車連隊は不慣れな夜襲に加え、強力なM4シャーマン戦車やバズーカ砲、猛烈な砲撃により1両を残して全滅してしまいました。


充分な陣地構築や戦車と歩兵の連携の訓練などが行われていたら史実とは違った戦いになっていたかもしれません。


今回のジオラマ製作にあたって、サイパン戦関連の書籍をいくつか読んでみました。
あの島でどのような事が起きていたのかが知れました。

次回作は、途中で止まっていた日本軍の補給基地のジオラマの製作を進めていきたいです。



 →戦車ジオラマ製作その① 土台作り

→戦車ジオラマ製作その② テクスチャーペイントで地面作り

→戦車ジオラマ製作その③ テクスチャーペイントで草地作り

→戦車ジオラマ製作その④ 紙でバナナの木を作る

→戦車ジオラマ製作その⑤ 銅線で木を作る

→戦車ジオラマ製作その⑥ 草地の色を変更

→戦車ジオラマ製作その⑧ 和巧の紙創りで草を植える

→4式中戦車試作型を3色迷彩で製作


→模型記事一覧

2025年5月14日水曜日

タミヤ 日本陸軍歩兵セットを製作

 今回もジオラマ用に製作した歩兵キットの紹介です。

タミヤのベテランキット、日本陸軍歩兵セットです。

1976年発売のベテランキットです。長らく1/35の日本兵のキットで手軽に入手できる唯一のキットでした。今では数社のメーカーから新キットが発売されていますが、隣においてもまだまだ遜色ない出来の傑作キットです。

4人の日本兵に鉄帽4つと防暑略帽2つが入っています。今回はもうひと箱から防暑略帽を拝借して略帽3人、鉄帽1人で作っています。

軍刀を持った下士官。かがんで突撃開始命令を出そうとしています。

膝立ちで38式小銃を射撃中の兵士。

小銃を携え、背をかがめている兵士。

89式重擲弾筒を携え中腰で移動する兵士。腰には擲弾筒の砲弾を入れたポーチを付けています。

ジオラマに配置してみました。

このタミヤのキットも他社のキットもほとんどが4人セットで下士官1名、兵3名の組み合わせが多いですね。作っていると下士官の比率が高くなってきます。

タミヤの日本兵のキットはこのベテランキットが出てから、会議中の将校セットは出たものの、戦闘中の日本兵の新キットは出ていません。

ドラゴンの軽機関銃班のキットは入手が大変なので、タミヤかファインモールドから軽機関銃班のキットが出てほしいものです。














 →戦車ジオラマ製作その① 土台作り

→戦車ジオラマ製作その② テクスチャーペイントで地面作り

→戦車ジオラマ製作その③ テクスチャーペイントで草地作り

→戦車ジオラマ製作その④ 紙でバナナの木を作る

→戦車ジオラマ製作その⑤ 銅線で木を作る

→戦車ジオラマ製作その⑥ 草地の色を変更

→戦車ジオラマ製作その⑧ 和巧の紙創りで草を植える

→戦車ジオラマ完成 「サイパン戦車戦昭和19年10月」

→4式中戦車試作型を3色迷彩で製作

2025年2月13日木曜日

情景テクスチャーペイントで草を表現

 前回は土の地面をテクスチャーペイントのダークアースで作ってみました。

続いて、草地を作っていきます。

→前回の記事はこちら


今回はタミヤの情景テクスチャーペイントの草グリーンを使ってみます。

ペーストを試しに塗ってみました。

正直べちゃっとしてよくわかりません。乾燥すると草っぽくなるようですが・・

乾燥したら確かに草っぽくなりました。

ベースの坂道の左右が草地という感じにしています。

塗るときに下地のダークアースと混じってしまった部分もありますが、ちょっといい感じになってます。

単色の草色なので、墨入れとドライブラシで変化をつけてみようと思います。

次は紙でバナナの木や草を作っていきます。


→戦車ジオラマ製作③ 紙でバナナの木を作る


→戦車ジオラマ製作①ベースを作る


→戦車ジオラマ製作②テクスチャーペイントで地面を作る



 

 →戦車ジオラマ製作その① 土台作り

→戦車ジオラマ製作その② テクスチャーペイントで地面作り

→戦車ジオラマ製作その④ 紙でバナナの木を作る

→戦車ジオラマ製作その⑤ 銅線で木を作る

→戦車ジオラマ製作その⑥ 草地の色を変更

→戦車ジオラマ製作その⑧ 和巧の紙創りで草を植える

→ドラゴン 日本陸軍兵士 硫黄島を製作

→戦車ジオラマ完成 「サイパン戦車戦昭和19年10月」

→4式中戦車試作型を3色迷彩で製作

2025年2月10日月曜日

タミヤの情景テクスチャーペイントでジオラマの地面作り

 前回に引き続き戦車隊突撃シーンのジオラマの製作です。

→前回の記事はこちら



前回はジオラマの土台を作りましたが、今回はタミヤの情景テクスチャーペイントを使って地面の土の表現を作ってみようと思います。

テクスチャーペイントの土ダークアースを使ってみます。

テクスチャーペイントは土の他にも砂漠や雪など様々な場面の地面が用意されてります。1本100ml入りですがこの土ダークアースは250ml入りの大容量のも販売されています。

まず、前回シーナリープラスターで造成したベースの側面に貼っているプラバンをクレオスのレッドブラウンで塗装しました。ついでに全体の下塗りもしてみましたが塗料が足りませんでした。


そこに情景テクスチャーペイントをアクリル溶剤で薄めてパレットナイフで塗っていきます。

前回頑張ってつけた履帯跡や足跡は消えてしまってますねw


だいだい4~5時間ほどで乾燥するので、生乾きの時に履帯跡と足跡を再び付けました。

そして乾燥したらこんな感じになりました。乾くと土の感じが出て良いですね。


次回は植物関係を作っていきたいです。

→続きの記事はこちら


→前回の記事はこちら



 →戦車ジオラマ製作その① 土台作り

→戦車ジオラマ製作その③ テクスチャーペイントで草地作り

→戦車ジオラマ製作その④ 紙でバナナの木を作る

→戦車ジオラマ製作その⑤ 銅線で木を作る

→戦車ジオラマ製作その⑥ 草地の色を変更

→戦車ジオラマ製作その⑧ 和巧の紙創りで草を植える

→ドラゴン 日本陸軍兵士 硫黄島を製作

→戦車ジオラマ完成 「サイパン戦車戦昭和19年10月」

→4式中戦車試作型を3色迷彩で製作

2023年3月29日水曜日

航空巡洋艦 最上 1944年 フジミとタミヤをミキシングで製作

 航空巡洋艦最上、11月から作り出してようやく完成です。

1/700 航空巡洋艦最上のキットはフジミとタミヤから出ていますが、タミヤは2002年にリニューアルしたキットで、フジミは特シリーズで発売されたキットです。

しかし、どちらのキットも一長一短です。これとは別に重巡時代の最上がフジミから発売されていますが、なかなか良いキットのようでしたのでこちらをメインに作ってみたくなりました。


最上のキット3種を比較してみると


●タミヤ版

良好なプロポーションと組立易さを併せたキットです。2002年の発売なのでモールドや装備部品がややあっさり気味です。

セルター甲板は航空作業甲板と同じ鉄板滑り止め表現となっています。


●フジミ 航空巡洋艦状態

2012年発売のキット。セルター甲板の前半がリノリウムの表現になっています。しかし、航空作業甲板の機銃座の位置が左右オフセットなのが、左右対称になってしまっています。

上部構造物も上から圧縮されたようになっており、側面も船外電路のモールド無し、舷窓も大きめとなっています。


●フジミ 重巡状態

2019年発売のキット。今までの特シリーズよりさらに洗練されたキットです。

通風塔や双眼鏡なども別パーツ化され、全体のプロポーションも良好な良キットです。

船外電路も最上の特徴ある配列でモールドされています。

航空巡洋艦最上の小物部品ランナーも入っており、航空機用台車や航空作業甲板両舷の円形銃座なども含まれています。

最上、三隈が昭和17年、鈴谷、熊野が17年と19年版が、それに加え未完成艦の伊吹の重巡状態も発売されています。

こちらのキット基準で最上の航空巡洋艦をリニューアルしてくれたら良いのですが。


このような3つのキットの特徴から、タミヤのキットとフジミの重巡状態のキットをミキシングして製作してみました。


航空巡洋艦のタミヤとフジミのキットは両方とも1943年の状態でしたが、今回は機銃の増設された1944年時で製作してみました。


キットのベースは重巡状態のフジミのキットを使用します。

タミヤのキットからは航空作業甲板と後部の甲板、増設された機銃座や兵員待機所などを使用しました。


セルター甲板はタミヤは全面鉄板張りでしたが、後部艦橋より前はリノリウム張りのようでしたので、カットします。


航空作業甲板の下の甲板はタミヤのキットが支柱もモールドされていたので使用しました。

タミヤは船体の上に貼る構造、フジミは内側に埋め込む構造でしたので、タミヤのパーツとフジミの船体を削り込んで埋め込みました。

魚雷発射管付近の構造も違いましたので削って現物合わせに取り付けています。

この部分の合わせが今回一番大変でした。

後は、フジミのキットをベースに航空巡洋艦の艦橋周りや後部艦橋にタミヤのパーツを使いながら組み立てました。

艦橋両舷のカッターは最終時には増設機銃座に変えられて、カッターは後部艦橋横に移されています。フジミのキットではカッター取付用のダボ穴が開いていたので、機銃座と弾薬箱で塞いでおきました。そのため少し位置がずれています。

航空作業甲板の後端には3連装機銃座を大和の艦尾機銃座のエッチングパーツを加工して使用。艦尾の大きなアンテナはプラ棒で作っています。

艦載機は零式水上偵察機と零式水上観測機が搭載されていましたが、今回はピットロードの日本海軍機セット4から瑞雲を8機搭載してみました。


飛行甲板には14挺の単装機銃が増設されましたが、なかなか航空機と当たりそうな位置ですね。実際は13㎜単装機銃を装備していたようですが、25㎜単装機銃にしています。

電探は前マストに21号と22号、後部マストに13号を装備しています。


フジミの新しい最上型のキットは精悍な姿を再現でき良いですね。熊野と伊吹も積んでいますので製作していきたいです。


航空巡洋艦最上 1944年時 if瑞雲搭載状態

20㎝砲6門 12.7㎝高角砲8門 61㎝三連装魚雷発射管4基12門

25㎜3連装機銃14基、同単装18基 合計60門

瑞雲8機


→フジミ 駆逐艦 時雨 1944年 

→艦NEXT 戦艦長門 

→駆逐艦 藤波  ハセガワ 早波改造

→艦船模型記事一覧





2018年8月7日火曜日

タミヤ/イタレリ M24チャーフィー 陸上自衛隊仕様で製作

タミヤ/イタレリのM24チャーフィーを陸上自衛隊仕様にて製作しました。




こちらのキットは、昔から発売されていたイタレリ製のM24チャーフィーのキットにアルミ製砲身と連結履帯、アクセサリーパーツを加えて数年前に再販されたキットです。



タミヤのキット程作りやすくは無いですが、作りやすい部類のキットだと思います。



小柄な車体に、砲塔上の50口径機関銃が不釣り合いに載っています。



塗装はタミヤカラースプレーのオリーブドラブで塗装しています。



砲塔上の日の丸などのデカールはアスカモデルの「ノスタルジックデカール」からそれらしく貼っています。



履帯はゴム製ではなく、一部連結式となっています。



主砲には大戦中にB25の機首に装備された低反動の75ミリ砲を装備しています。
貫徹力はそこまで無いですが、軽戦車なのに高い火力を誇っています。



主砲は40口径75㎜砲、主砲同軸に7.62㎜機銃を装備、同じく車体にも7.62㎜機銃、砲塔上に12.7㎜機銃と軽戦車なのに重装備です。
装甲は車体前面が25㎜、砲塔前面は38㎜と軽戦車ゆえ薄いですが、傾斜装甲により被弾経始に優れていました。乗員5名で路上最高速度56㎞、不整地では40㎞の機動力がありました。
日本軍の3式中戦車が、38口径75㎜砲と7.7㎜機銃1門、車体砲塔前面装甲が50㎜、最高速度38㎞と比べると、米軍は軽戦車でこの性能とは羨ましいですね。



M24チャーフィーの実戦は1944年の末のバルジの戦いで初陣を飾りました。
大戦に参加した車両は少ないですが、独戦車を撃破したりと活躍しています。
大戦後も主力軽戦車として配備されていましたが、朝鮮戦争では北朝鮮側のT34-85にはさすがに太刀打ちできず、後継のM41軽戦車と交代となりました。

日本で警察予備隊が創設された時に、本車が供与され、陸上自衛隊の創成期にM4戦車とともに機甲戦力の一翼を担いました。

M4戦車は日本人には大柄で扱いにくかったよう(ペダルが届かずに下駄をはいて運転していたとか)ですが、M24は小柄な日本人にも扱いやすく好評だったようです。逆に米兵さんだと5人も車内に乗っていたら大変そうですね。

後継のM41軽戦車や61式戦車が配備されると、順次退役していき1974年に最後の車両が引退しました。現在も無可動で展示している駐屯地もあるようです。


→タミヤ M41軽戦車 陸上自衛隊仕様 製作 

→ドラゴン 1/35 日本陸軍 九五式軽戦車ハ号 後期型 製作 

→陸上自衛隊74式戦車 タミヤ1/35の製作

→ピットロード 87式偵察警戒車の製作




2017年9月22日金曜日

タミヤ 駆逐艦島風の製作④ 完成です。

タミヤの駆逐艦島風、完成しました(^^)/





最新のキットだけあって組み立てやすいキットでした。
前後のマストと旗竿をプラ棒で作り直した以外はキットのパーツで製作しています。
(パーツを無くした方位盤上の測距儀と22号電探は別に調達していますが)
リノリウム甲板にはデカールが用意されていましたが、今回は使わずに塗装を行っております。




 島風は高速化する米新戦艦群に対抗するため、速力を高めた次世代の駆逐艦として、④計画で試作艦として建造されました。島風は陽炎型駆逐艦天津風に試験的に搭載された高温高圧缶を装備し75000馬力の出力で40ノットの高速を発揮する事ができました。島風はそれに加え、甲型駆逐艦では魚雷8射線と予備魚雷に対し予備魚雷無しですが61㎝酸素魚雷を15射線と破格の雷撃能力を有していました。
続く⑤計画で同型艦を16隻量産する計画でしたが大戦に突入し、建造の手間のかかる丙型駆逐艦の建造はキャンセルされ、島風1隻のみとなりました。

島風は昭和18年5月に竣工し、第11水雷戦隊に編入され訓練に明け暮れます。アッツ島玉砕後、次はキスカ島が危なくなってきたので、キスカ島から守備隊の撤退作戦が計画されます。島風も竣工当初から装備していた22号電探をあてにされ撤退部隊に編入されました。木村少将率いる撤退部隊は5183名の陸海軍部隊の撤退を成功させました。

その後島風は第二水雷戦隊に編入され艦隊や船団の護衛任務に就きます。
トラックやパラオへの油槽船の護衛などに就きますが米潜の攻撃で油槽船や僚艦の駆逐艦を多数失うなど苦しい戦いが続きました。

いよいよ米軍が絶対国防圏に迫ってくる中、今度はビアク島へ米豪軍が上陸をし、ビアク島救援の渾作戦を行います。この作戦に島風も大和や武蔵らと編入されましたが今度は米軍のサイパン侵攻により渾作戦は中止し第一機動艦隊に合流しマリアナ沖海戦を戦います。続くレイテ沖海戦では第一遊撃部隊に所属しレイテ湾を目指すも直前で反転しレイテ突入にはなりませんでした。撤退中の米機動部隊の空襲により第二水雷戦隊の旗艦の能代が沈没し、その後島風が二水戦の旗艦となりました。

レイテ沖海戦敗退後もレイテ島を巡る地上戦は続き、生き残りの駆逐艦たちは増援輸送作戦「多号作戦」に参加します。島風は第三次の輸送隊として輸送船5隻を島風、若月、浜波、長波、朝霜、掃海艇30号で護衛してオルモック湾に向かいましたが、米機動部隊の艦載機347機に襲われ島風らは煙幕を張りながら迎撃するも輸送船団は全滅、島風自身も持ち前の高速で爆弾、魚雷を回避するも至近弾や機銃弾により多数の破孔により機関が浸水、航行不能になり沈没しました。他の護衛艦も朝霜を除いて全滅してしまいます。
島風は持ち前の高速力と雷撃力を発揮できないまま、最後は航空機の攻撃で狭い湾内での最期となりました。



島風はその高速故、艦橋にも遮風装置が取り付けられています。
キットでは艦橋と煙突が一体化でパーツ化されており組み立てもしやすいように配慮されています。マスト下部のトラスも表現されており、電探架台から上のみプラ棒で作り変えているのみとしております。22号電探はわずかに左舷にオフセットされているのが再現されています。



島風自慢の零式5連装魚雷発射管も精密なモールドで再現されています。
2・3番発射管の間の増設機銃座の形状は左右で違う形もきちんと再現されています。



主砲の12.7㎝連装砲D型は側面の補強桁もしっかりモールドされています。
砲身は中から通す方式ですので防水カバーの塗装もやりやすいです。



主砲と魚雷発射管にはポリキャップが内蔵されていますので旋回も自由にできます。
これでブンドドも楽しめます。



このタミヤのリニューアル版島風は、とても作りやすく設計されていますので、気軽に島風の雄姿を再現できます。
ただ、キットではマリアナ沖海戦後の状態でキット化されており単装機銃も取り付けガイド穴などが施されていますので竣工時の状態にするには少し手間がかかりそうです。

フルハル状態やキスカ撤退時を作られる場合は、少しお値段はしますがピットロードのキットがあります。最終時のWLモデルを作る場合ならタミヤのキット、単艦のフルハルで作りこんだり、各年代を作り分けるならピットロードと選んでみるのも良いかもです。


→タミヤ 駆逐艦島風の製作③ 塗装と艤装品の取り付け

→タミヤ 駆逐艦島風の製作② マスト等の製作

→タミヤ 駆逐艦島風の製作① 船体と基礎部品の製作

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